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【toiro】私の知る私、誰かから見た私

年末が近づく昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。プライベートでもお仕事でも、何かとやることが増えてくる時期です。思いもよらないことを任されて、ちょっと腰がひけてしまうこともあるかもしれませんね。

ですが、もしそれが、色々な人から、何度も頼まれたことのあるものだとしたらどうでしょう。

自分では向いていないと思っていても、それは「本当に」私たちの役目かもしれません。

 

ちょっと意味がわからない言葉に聞こえますね。私たち自身が違うと言っているのに、私たちの役目かもしれないとはどういうことなのか? 早速お話しいたしましょう。

 

私たちは社会の中で生きている以上、必ず誰か・何かと関係しています。「誰かから見た私」が、いつも存在しているわけです。

「私」は私たち自身のものですが、この「誰かから見た私」は、自分では見ることができません。「こう見えているんじゃないかな」と想像したり、直接訊ねたりすることはできても、です。

(たとえば私は、記事をご覧の皆さんにとっては「記事の作者」で、ご近所のパン屋さんにとっては「よく見かけるお客」です。これは私の想像であり、本当にそうなのかは、それぞれの方ご自身だけがご存じのことです)

 

もうおわかりですよね。「私たち自身が知っている私」と「誰かから見た私」は、まったく違っていることもあるわけです。

「私たち自身が知っている私」には不向きと考える仕事がしょっちゅう回ってくるとしたら「誰かから見た私」は、その仕事ができる人に見えている可能性があるということなのです。

もちろんどちらを選ぶかは、私たち自身が決められます……その上でちょっとだけつけ加えます。めぐり合わせた出来事は、嫌がって遠ざけようとすれば「不運」、喜んで受け取れば「役目」と呼ばれている、ということです。

 

私たち発達障害の人は、どうしても少数派です。独特のこだわりが強いこともあります。誰かのしてほしいことを、自分のことのように共感したり、すんなり代わって差し上げたりするのは、難しいこともあるかもしれません。それでもお伝えしたいのは「自分のしたいことを存分にする嬉しさ」と「誰かに望まれる嬉しさ」とは、それぞれ違った素敵なもの、ということです。もし、自分が何をしたいのかわからなくなっているときは、誰かから頼まれたことに挑戦してみてもいいかもしれません。「誰かから見た私」は、私たち自身の見落としていることを、簡単にこなしてしまえる人なのかもしれませんから。

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コラムtoiroは、発達障がいやコミュニケーションに苦手さを感じているご本人、学生さん、お子さんを応援するコラム。名前は、十人十色からつけました。
読者の方にとって、少しでも役に立つヒントになればうれしく思っています。
不定期ですが、ちょっとずつ更新していきます。

この記事を書いた人
須藤真理子(Suto Mariko)

発達障がい当事者。地方都市でピアサポートグループの活動を行っています。
当事者の視点から、自分で試してみた情報の共有や周知活動に参加しています。
主な内容は「食生活と発達障がいの関係」「実際に役立った・便利だった二次障がい対処法」「日常生活での気づき」など。
好きなことは、絵を描くこと・物語を書くこと。
「二次障がいでつらいとき、ものづくりにエネルギーを使う」のは、かなり実用的な対処方法だとお伝えしたい次第。