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【tpiro】勉強しなさいと言われたら

「いつまで遊んでるの、勉強しなさい」

みなさんは、こんなふうに言われたことがおありでしょうか。言われたとたんにやる気がなくなるあの現象、心理学の世界では心理的リアクタンスという言葉で説明されています。そうした言葉を持ち出して、ご家族を煙に巻いたことのある方も、読者の中にはいらっしゃるかもしれません。

けれども実際、テストの成績と、学びを実生活に活かす力は、必ずしもイコールではないように思われます(もちろん、伝統的な技術職の方をはじめ、学生時代勉強した内容が今もそのまま役立っている人もいらっしゃるでしょう)。「素因数分解なんて何に使うの?」なんてぼやいたことのある方は、きっとこの記事の前で大きく頷かれていることと思います。

 

では、私たちはどうして勉強するのでしょう?
模範的な答えとして、次のようなものがあります……「学ぶためのスキルそのものが、生きている間はずっと役立つから」。
生きている間、新しいことを学ぶ機会は山ほどあります。すなわち、新しいことを楽しく取り入れる方法=楽しく勉強する方法を身に着けていたほうが、楽しむ機会も増える、という理屈です。なるほど筋が通っています。

 

だけど「勉強しなさい」という人は、いつもこんなふうに筋道を考えながら言っているものでしょうか?

私の知る多くの場面で、この言葉は、不安から発されているように思われます。
勉強をしなかったらどうなるだろうか?将来に不利なことが起こるかもしれない。自分の知っている「普通」から外れてしまうかもしれない。そんなぼんやりとしたマイナスを想像しているために、言葉がきつくなっている場面も、たびたびお見受けいたします。
そんな理由だとしたら、勉強しろと言うほうも勉強するほうも、なるほど楽しむのは難しいでしょう。

 

なので、今回は提案してみます。

「勉強しなさい」と言われたら、その言葉がなぜ発されたのか、訊ねてみるというのはどうでしょう。もしその理由が、心配や不安にあるとしたら、ひとこと伝えてみてはどうでしょう……「気にかけてくれてありがとう。実は私は、将来のことをこんなふうに考えているんだけれど、あなたから見たらどうだろう」。

もしそれができるなら、調査能力と事前準備能力、コミュニケーション能力を証明したようなものです。なんということでしょう、「勉強しなさい」に答える方法を探していたら、いつの間にか立派に勉強を終えているではないですか。

 

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コラムtoiroは、
発達障がいやコミュニケーションに苦手さを感じているご本人、学生さん、お子さんを応援するコラム。
名前は、十人十色からつけました。
読者の方にとって、少しでも役に立つヒントになればうれしく思っています。
不定期ですが、ちょっとずつ更新していきます。

この記事を書いた人
須藤真理子(Suto Mariko)

発達障がい当事者。地方都市でピアサポートグループの活動を行っています。
当事者の視点から、自分で試してみた情報の共有や周知活動に参加しています。
主な内容は「食生活と発達障がいの関係」「実際に役立った・便利だった二次障がい対処法」「日常生活での気づき」など。
好きなことは、絵を描くこと・物語を書くこと。
「二次障がいでつらいとき、ものづくりにエネルギーを使う」のは、かなり実用的な対処方法だとお伝えしたい次第。